「奇想の系譜」の美術展と本で思う、戦争と芸術

〇「奇想の系譜」(辻惟雄著ちくま学芸文庫 ココ)の美術展(4月7日まで上野東京都美術館 ココ)で江戸の絵を見てきた。30日放映のNHKドラマ「浮世の画家」とともに、戦争と芸術の不思議なかかわりを思い浮かべた。

〇「奇想の系譜」本の最初に出てくる画家の岩佐又兵衛は、父が織田信長との闘いで死んだ後、武士をやめ画家として江戸時代に名をなした。戦争と芸術を生きた人だ。美術展にでている絵のところどころにその厭世的な気持ちが出てくる。

〇その画家岩佐又兵衛について初章「憂世と浮世」で気持のこもった文を書いた辻惟雄は、本の初版のあとがきの終わりに、突然、読者に語る。
 # <今からでも遅くはない>奮起してください!
19年後1988年の新版のあとがきによると、これは、何年も留年した東大の1969年安田講堂事件で加藤総長代行がした投降勧告をもじったものだという。辻惟雄もまた、「大学闘争」という“戦争”を不思議な気持で見つめていたのだろう。

〇さて、明後日30日に放映されるNHKドラマ「浮世の画家」は、戦後3年、1948年頃の日本での、高名な初老の画家の物語だ。戦中に名を成した画家が、戦後に批判を受けて絵を描けなくなる。これもまた、戦争と芸術の不思議なかかわりのストーリーだ。

〇その「浮世の画家」の原作は、ノーベル文学賞の日系イギリス人カズオ・イシグロ(1954年長崎市生まれ)の小説である。イシグロ氏の父は、東大の海洋学博士で、1960年に英国の研究所からの招きがあり家族で渡英した。戦争に負けた国の日本から、勝った国の英国に移って暮らしたのは、江戸時代の画家岩佐又兵衛と同じでもある。

〇カズオ・イシグロの書いた「浮世の画家」は、日本生まれで第一次世界大戦からパリで活躍したフランスのエコールド・パリの画家藤田嗣治を思い出す。彼も戦争後日本でつらい思いをし、結局、フランスに移動して戻り、国籍にした。

〇戦争と芸術から少し変わり、江戸の美術の話もしたい。
辻惟雄は、1970年に本「奇想の系譜」で江戸時代の美術を書いた。本は、発行から半世紀たつが、今でもアマゾンの売れ筋順位で、ちくま学芸文庫の1位、アジア史の本の2位、ノンフィクション本の59位だ。その本では、若冲含め江戸の画家6人が紹介されている。

〇1964年頃、東大の学生であった辻惟雄は、アメリカの美術蒐集家ジョー・プライスと会っている。プライスは、1953年にニューヨークで若冲の掛け軸「葡萄図」に感動して購入し、後に、若冲を世界的に知らしめた人だ。(私は、「葡萄図」が好きだ。)プライスは、若冲の名作を沢山持っている。今回の美術館では、若冲が最も有名な画家として、最初に作品が並んでいる。

〇因みに、20世紀初め、マネ、モノ、ドガ、ゴッホ、ルノワールなどのヨーロッパの画家は、浮世絵のような江戸の美術を持ち、ときには描いたりした。アシメトリーが斬新だと高く評価していた。

〇美術から経済に目を向けると、今の日本人は、江戸時代の経済力が、世界的に立派だったと気づいていないようだ。1820年、1870年の各国の「一人あたりGDP」を見ると、日本は、欧米より小さいが、中国、インドより大きい金額だ。(参照:ココ)19世紀の世界では、欧米から支配されずに独立で、非欧米系の国の中では、日本の経済状況が最高だったのだろう。

〇これからの時代で、社会と経済を進歩させるには、これまでに見つけていなかった新しいつながり、つまりリンクを見つけいきたい。戦争と芸術とか、江戸の美術と欧米の理解とかは、そうかもしれない。

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