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zoom RSS 米中貿易戦争で思い出す、中ソ対立と王岐山

<<   作成日時 : 2019/02/07 08:50   >>

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〇中国では、習近平も60歳以上の一般市民も、今の米中貿易戦争をみていると、1957年〜81年頃の中ソ対立・軍事衝突を思い出しているだろう。(人名の敬称略)

1957年 毛沢東が訪ソし、「東風は西風を圧す」とフルシチョフを批判
1969年 中ソ国境紛争 珍宝島(ダマンスキー島)事件軍事衝突
1979年 中越戦争勃発 中国は、中ソ友好同盟相互援助条約を破棄
1981年 ケ小平・胡耀邦体制になって、ソ連との関係が好転した

・1969年の珍宝島での中ソ紛争は、今、起こっている南シナ海での米中の紛争と似ている。

・中ソ対立の時、ソ連は、中国に技術と軍事力を与えている割に、中国から利益を得ていないと、イライラしていた。中国の人にとっては、その点で、今の米国も同じだ、と。

〇「習・王終身体制」とも言われる中国のNo2王岐山国家副主席は、文化大革命時代、若い習近平と陝西省に下放され、師匠のように共に生き、活動していた。

・王岐山は、2002年の関東省常務副省長のとき、ゴールドマンサックスのポールソンCEO(後の米財務長官)の協力を得て、広東国際信託投資公司(GITIC)と粤海の債務の金融処理問題、関東金融の危機を乗り越えた。(日本のビジネス人も当時のGITICの騒ぎを覚えているだろう。被害を受けたいくつかの日本企業は、このとき中国から縮小・撤退した。)

・その後、2008年米国のリーマンショックのとき、今度は、ポールソン米財務長官からの要請に応じて、王岐山が動き、中国が米国債増発を大量に受け、日本を上回る最大の米国債保有国となった。こうして、米の一部の有力者に王岐山への信頼感がある。

・今回、米中貿易戦争が始まってから、王岐山は、ふっと消えたように、(ダボス会議以外は)表に出てこない。今のところ、ひっそりと米国の知人と最新の連絡もとりつつ、上記の豊富な経験と知見から、習近平の判断、行動に大きな影響を与えているのだろう。中国を知っている人は、王岐山が米中貿易戦争にどう出てくるかを真剣に見ている。

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