「民主主義のつくり方」宇野重規

高校生の時にこの本に出会えれば、僕の人生はもっと豊かだったろうとしみじみ思いました。ページをめくるごとにいちいち言葉が心と頭にしみいります。それにしても、発行日が数日しか違わないのに「ビジネスをつくる仕事」とタイトルが似ていて、以前に知遇を得た著者からも好意的な連絡をいただき、驚きました。読んでみると背景の考え方もとても似ており、僕の書いたものの思想的バックボーンの多くは、この本に書いてありますといいたくなるほどです。それで、珍しくアマゾンの書評をこの文とは別に書いちゃいました。(ココ

僕は、高校生の時、マルクス、ヘーゲル、ニーチェの解説などをいくら聞いてもピンとこず、当時少なかったプラグマティズムの本を繰り返し読んで気に入っていました。大学のゼミで読んだトクヴィルに感銘して、トクヴィルが「アメリカの民主主義」を解明したように、僕にとって未知の「ビジネスの世界」を解明してみたいと思って社会人になったのを思い出します。

大仰にいえば、プラグマティズムとトクヴィルという同じ発想を、政治で実践する方法を書いた本と、ビジネスの世界で実践しようとした本が、似たタイトルで似た内容が出てくるのも単なる偶然ではないのでしょう。もちろん、拙文は、本書のような思想的深みには遠く及びません。ここでは、似た発想ながら、もっと深遠な表現であるものを「民主主義のつくり方」から幾つか引用させてください。

○ もし人がすべてを思うままに支配できるならば、そこには経験はない。思うままにならない物事に対し、それと交渉し、なんとか行き詰まりを打開すること、そのような実践こそが、藤田にとっての経験の意味するものであった。そして、経験なくして人間の成熟はありえないと藤田は考えた。(P.64)

○ パースにとって、この宇宙の最初にあるのは偶然性であり、混沌であった。それは無秩序であると同時に、自発性や独創性の源でもある。(P.118)

○ 近代の哲学は人間の主体性を、ややもすれば超越的に捉えたり、内面にのみ見出した。これに対してプラグマティズムの習慣論は、人間の主体性が日常の経験にあることを強調した。ネグリ/ハートは、習慣が他者との相互作用やコミュニケーションによって再生産されること、習慣こそが私たちの社会的自然であり、創造と革新の場であるというプラグマティズムの見解を紹介した上で、「習慣とは実践状態にある<共>」であるとする。(P.144 )

○ プラグマティズムを「ただ短期的に可能なことをやみくもに追い求める」という意味での、「粗雑な実用主義」と取り違えてはならないとクッペンバーグは強調する。哲学的な絶対主義に挑戦し、物事の不確実性や暫定性を強調するプラグマティズムは、実験を通じての仮説の不断の検証を重視する。(P.196)

また、本の後半部分に、地方活性化の活動がでているのまで似ているのには驚きました。
ちなみに、正直にいうと、僕は、パース、ジェームズ、デューイは、知っていましたが、不勉強で本書を読むまで藤田、ネグリ、ハート、クッペンバーグは不案内でした。従って、内容に似た面があるのは、情報源が同じからではなく、根本の考え方が同じものがよくよく考え抜くと同じところに行きついていたということだと思います。

素人が山のふもとで拾ったピッケルをたよりに一人でやぶの中を四苦八苦して道なき道を進んで山を登っていると、突然、高名な登山家が先を歩いているのをみつけ、ああ、そんなに間違った道を来たのではなかったのだと感激した風情です。

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