中世の都市と現代の都市

海外出張に行くと感じるのは、いまや、世界中の大都市の景観がほとんど変わらないことである。ところで、西欧の中世に、街から街へ旅をした商人たちが、城壁都市に近づいたときにも、どの都市も同じような景観だなあと思ったのかもしれない。

シカゴ、ダラス、シンガポール、上海、東京、台北などに出張で行くと感じるのは、いまや、世界中の大都市の景観がほとんど変わらないことである。郊外の国際空港から都心に近づいたとき、交錯する高速道路の向こうに高層ビル群がそびえたっている風景をみることになる。どの都市も同じように。

ところで、中世において、例えば、ドイツのロマンティック街道にあるような城壁都市を次々と移動していた商人も同じような景色をみて同じような感慨を持ったのではないだろうか。

高速道路が城壁にかわり、高層ビルが教会の尖塔にかわっただけだ。馬車に乗ってその町に近づいていくときの心境は、現代の僕たちが、上海やダラスなどの都市に、空港から車で近づいていくときの心境と同じかもしれない。そう思うと、せちがらい交渉が待つ出張にも、少しロマンティックな香りがして、少し気も和む。

現代においては、そしてひょっとしたら中世においても、違う国の都市と都市の違いよりも、同じ国における、都市と地方の違いの方が大きい。ほんとに、都市と地方の違いは、とても大きい。

日本で今、「都市と地方の格差」がよく論じられている。しかし、ここまで見た目も違えば、格差というよりも、もともと、似ても似つかぬ別の世界と捉えたほうが、実感に即している。よく言われることだけれども、都会なんかより、もっと「豊か」なんだと思う。それも普通に暮らしているだけで。

コロラドの田舎町に住んでいたときに、地元のとても知的なおばさんが言っていた。「ニューヨークに住んでいる人を羨ましいと思ったことはないわ。同情と感謝はするわね。あの人たちは、アメリカ経済とアメリカ社会のためのVictim(犠牲)なのよ。」

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この記事へのコメント

サムライ
2008年01月14日 16:21
らくちんさん、こちらこそコメントありがとうございます。自分自身が田舎から東京に出てきた時や、海外の中規模都市の駐在経験から、人間同士の絆や、お金とそれ以外のものに対する価値観の置き方などが、都会と田舎のギャップの方が大きいと実感していたので、らくちんさんの見解に全く同じです。見渡す限り水田の田舎、良いですねぇ。
らくちん
2008年01月13日 23:44
サムライさん、コメントありがとうございます。そうですねえ。アメリカ人は、お金持ちになると牧場を買いたがります。日本人の僕は、BIGに当たってお金持ちになると、見渡す限り水田の田舎に別荘を持ちたいですね。
サムライ
2008年01月11日 15:05
全く同感です。国の違いよりも都市と田舎の違いの方が大きいのではと、常々思ってました。いずれは都会の収入レベルをキープしつつ、マインの住まいを「田舎」に移してみたいものです。

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