放送と通信の融合:テレビの製作現場の感覚

放送と通信の融合について、テレビさんとネット君の往復メールの形で、4回()続けたものの続編です。今日は、テレビさんからの最後のメールです。

ネット君へ
なかなかネット君らしい、抽象的な本質論で面白かったよ。確かに、君の書いた図のような整理をすると、放送と通信の融合というのが、どんなことを意味するのかおぼろげながら見えてきた気がする。

本題に入る前に一つだけ言っておきたいのだが、我々テレビ局が、希少な社会的資源である電波を特権的に使っているので、のんびりしていて、役所的で、硬直的だというのは、確かにあてはまるところもあると思う。ただ、我々テレビにとって、天災でもなく予定外に放送が途絶えて、テレビに真っ黒な画面が出てくるというのは、絶対起こしてはいけない事故なんだ。24時間365日、絶対そういう失敗が起こらないようにするというのは、すごいプレッシャーだ。そういうミスの許されない業務上の使命を持っていると、どうしても組織は、減点法で、官僚的で、硬直的になる。それは、やむを得ないと思う。同じようにミスの許されない使命をもっている電力会社だってそうだろう。電力会社が、君たちネット業界のような組織文化になると、各家庭が年に数回は、停電を味わうことになるぜ。

では、本題にはいろう。君の書いてくれた図をみて私は、正直に言って、結構納得して感心していた。ところが、たまたま、製作の人間が通りかかって、君と僕のこれまでのやりとりを、立ったまま斜め読みして、結構、きついコメントをくってしまった。彼は、私のように会社の経営や役所づきあいなどに関わっていなくて、ずっと番組作りをしてきた人でね、クリエイティブ側の人間だ。彼はこう言う。

なにをむつかしいこといってるの。ハハハ。お茶の間で寝っころがって楽しめるかどうかがすべて。キーボードなんてもってのほか。テレビのリモコンでYES、NOのボタンを押すのすら、BSデジタルでやってみたけれども、誰もやってくれなかったのだから。ねっころがってテレビを見ている、あるいは、ソファーでくつろいでいる、その状態で、ネットにつながっているからこそ楽しいってことをやらなければ、意味がない。そういうのが、ネットとテレビの融合なんじゃないの。

このテレビ製作(制作)マンの言っているように、視聴者(ネット君たちのいう「ユーザー」。今後は、ユーザーとするよ。)の視点からみると、パソコンとテレビは、全く違うものだと思う。それがいくら技術的に似てきたとしても、ユーザーにとってどう違うのかよく理解しないなら、融合するのは、むつかしいだろう。

パソコンを操作するときとテレビを見るときでは、ユーザーの体の姿勢が全然違う。心理状態も全く違っている。パソコンに向かっているときは、背筋を伸ばして、能動的にキーボードを叩いていて、少し緊張した心理状態だ。一言でいうと「しゃきっ」としている。テレビを見ているときは、ねっころがったり、くつろいでいて、受動的に手を休ませていて、弛緩した心理状態だ。一言でいうと、「だらっ」としている。このユーザーが「しゃきっ」としているか「だらっ」としているかの違いについて、テレビの制作屋のように、ピンとこなければ、そもそもテレビなんて理解できないし、融合なんてできない。

ユーザーは、自分がそういう「ゆるんだ」状態だが、いや、だからこそ、テレビのサービスに対する要求は、「きびしい」ものになる。パソコンとテレビは、中味の技術が似てきたかもしれないが、ユーザーから要求される丁寧さは、格段に違う。ネットやパソコンから来た人は、これがなかなか理解できないようで、よく失敗しているからネット君も気をつけたほうがいい。ビルゲイツも、書斎からリビングルームに進出したくて、テレビにつなぐセットトップボックスに巨額の資金を投入したけれど、見事に失敗した。最近はやりのHDDレコーダーなんて、中味は、パソコンと変わらないけれども、操作の方法などユーザーに対する丁寧さは、全然パソコンと違っている。テレビは、パソコンのようにもたもた立ち上るのは、当然許されないし、視聴者に面倒な作業を要求する番組なんてありえない。要するに、製品やサービスの完成度が、テレビとネットでは、全然違うのだ。

この受動的で弛緩した心理状態で、ネット君のいう双方向通信をユーザーに期待するのは、相当むつかしい。ユーザーからの発信、つまり上り通信は、ほとんどユーザーに自覚がないうちに行えるぐらい負担感のないようにうまく忍び込ませないと無理だろう。キーボードを使わせるアイデアなんて問題外だ。

一方で、テレビは、これだけ弛緩した状態で楽しめるので視聴者に対する影響度が、ネットに比べて格段に大きい。ネット君は、どうもお金や数字の話になると分かりやすいようだから、ショッピングの例で説明しよう。ネット販売の会社で月一千万円売っていれば、そこそこの会社だろう。ところが、テレビショッピングでは、5分や10分の番組一回で、一千万円くらい売ってしまうことがざらにある。もうこれは、比較するのも馬鹿馬鹿しいほどで、別の商売と考えていい。結局、消費者への影響力の点で、ネットは、テレビに全く歯が立たない。だから、ネットショップは、テレビにどんな商品が紹介されるか、一日でもはやく情報を得てその商品を仕入れておこうと、本当に、血眼であの手この手でテレビの制作の現場に近づいてくる。それを日々体験しているテレビの制作の現場の人間にとって、テレビがネットに飲み込まれるなんてちゃんちゃらおかしく思えるのだ。

もう一つ、ユーザーへの影響力が桁違いに違うが故に、広告に対する考え方も違う。我々テレビでは、多くの視聴者に一方的に大量にコマーシャルをばらまく。一方、ネットでは、テレビほどの影響力がでないので、成果報酬型や、ターゲッテッング型の広告など、絞った人数に少し双方向通信の要素を加えたものになっている。これはこれで、クライアント(広告主)にとって、成果の見える広告であって、よいことだ。しかし、テレビのCMが、ネットに比べて、成果が検証できず不透明なので、今後衰退すると断ずるのはどうかと思う。

「買わない人への広告」というのも重要だ。実際は、買うだけのお金のないユーザーもかっこいい車の広告をみて、かっこいいなあと思って知っている。だからこそ、その車を買う人も、「どうだ、おれは、あのかっこいい車を買ったのだ。」と言ったり、見せびらかしたりできる訳で、それがなければ、買う喜びは、半減する。ネットの人が強調するプロモーションは、どうも、このブランド構築に関する視点が欠如しているようにみえる。

ショッピングの例でいうと、ネット通販のユーザーは、とても冷静な購買者だ。いろんなネット通販の価格を比較し、その商品の評判を掲示板で確認して、ゆっくり検討してから買う。一方で、テレビ通販のユーザーは、衝動買いが多い。夜中に目が覚めてしまって、テレビでぼーと通販番組をみていて、気がついたら、電話をもって番号を押していたなんて経験は、君にはないかな。つまり、ネット通販の冷静な購入と、テレビ通販の衝動買いは、対極にある。そんなテレビの通販に、たとえばウェブで価格比較ができるような機能を加えるなんていっても、喜ぶテレビ通販屋は、いないよな。

また、テレビは、ネット君のいう「ロングテール」じゃなく、「マス」狙いだから、実は、流行の最先端ではない。テレビ通販のユーザーは、トレンドイノベーダー(流行のけん引役)ではなく、トレンドフォロワー(流行の追随者)や、むしろ流行遅れの層だ。それからすると、テレビとネットの融合だといって、双方向通信のサービスを持ち込んでも、ネットでの新しいサービスのように急に普及するとは思えない。

さらにテレビとネットと、ユーザーへの接し方の違いをあげれば、内容に対する規制が全然違う。放送禁止用語なんて言葉が一般に知られているが、そのほかに、テレビ局は、各局とも様々な厳しい自主規制ルールを持っている。例えば、広告表示や薬事法の関係で、化粧品のCMやショッピングで、「きれいにします」ということさえ、拒否していることもある。「きれいにします」って言わずに化粧品を売るなんて、部外者には、ギャグみたいな話だよな。そればかりか、化粧品や健康食品のテレビショッピングを一切拒否している局もあるくらい。やはり、テレビは、それだけユーザー数が多く、影響力が大きい故に、厳しい規制があって、ネット君がいうようないろんな思い付きをほいほいとはできないのだ。

このように、ユーザー層も、利用時の心理状態も、内容に対する規制も全く異なっている。それでも、放送と通信の融合をして、どれだけ意味があるのだろうかという疑問は、テレビの側の人間にいまだに消えない。

ところで、テレビとネットの違いを延々と挙げてきたけれども、テレビと携帯電話のネットは、相性がいいと思う。先ほどの説明でいうと、携帯でネットをしている人って、ねっころがっていたり、ソファーでくつろいでいたりして、テレビと同じ「だらっ」とした状態だ。それだけ使いやすさにもテレビと同じような気を使っている。最近テレビ通販で、買う気になった人が、コールセンターへの電話で注文せずに、携帯電話のネットで注文するのが急増している。これは、興味深い。テレビとネットとの融合というのは、実は、携帯電話のネットで最初に起こるかもしれないな。

また、統計的には知らないけれども、仕事を離れて個人生活では、パソコンから離れて携帯電話のネットをより多く使っている人が増えているのではないか。個人のメールは、パソコンより、携帯電話の電子メールアドレスがメインだって人が多い。会社勤めの人も、家でまでパソコンを見る気にならず、乗り換え案内など必要なことは、携帯電話のサイトで済ましている。ネット君も、テレビを飲み込むんだなんて威勢よく言っていたら、結局、携帯電話と進化したテレビの挟撃にあって沈んじゃったなんてことにならなにように気をつけたほうがいいぞ。

結局、視聴率の獲得にしのぎを削っているテレビ屋の感覚でいうと、一番大切なのは、理屈でも技術でも資本でもなく、ユーザーの視点で、ユーザーがここちよいかどうかなのだ。ネット君もそれを忘れていては、どんな議論も空転してしまうし、コンテンツをただただよこせ、それがかなわぬなら、コンテンツを生み出すものをよこせとわがままをいって、だだをこねているようにみえるぞ。

テレビ拝

(次回が、このシリーズの最後になります)

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