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人事異動の季節だ。僕は、関西に転勤する方にいつも「ええかっこしいは、アホの下」と、サバイバルアドバイスしている。関西で生きていくには、「アホ」と呼ばれるように生き、「ええかっこしい」と決して言われないように日ごろの態度を律しなければならない。 以前のHPで僕が、書いたものを一部再掲する。(ココ 2001年10月) 例えば、関西人に、「らくちんさんて、どんな人ですか」と聞いたとする。関西人が「らくちんか、あいつ、アホな奴や。」とにっこり笑って答えた時の本当の意味は、「人間的魅力があるので、付き合うといいよ」である。一方、「らくちんか、あいつ、ええかっこしいや」と答えた時の意味は、「付き合わないほうがいい。口もきくな。」という意味である。 実際、「アホな奴」というのは、かなりの肯定的ニュアンスが含まれる。場合により、ほとんど同じ意味で使われる「おもろい奴」となると、もう明確に、関西社会では、高いステイタスを意味する。関西の小学校では、もてる男の子は、足の速い子か、ギャグの面白い子だ。 ギャグが面白いということは、頭がいいとさえ思われていることがある。従って、「A夫か、あついは、アホな奴や。ギャグが切れる。頭ええでええ。」などと、「アホ」と「頭いい」の矛盾する表現が同居することすらある。こうなると、東京の人間には、理解しがたいだろう。 一方、「ええかっこしい」は、最低の社会的地位である。僕が大学に入学して東京にでてきたとき、初めてのクラス会で、とても立派な発言をした人がいた。発言の内容は、間違いなく実に立派なのだが、僕の受けた印象は、「この人、よく二十歳まで生きてこられたなあ。」だった。 関西では、そんなに立派な発言をする人は、「ええかっこしい」と罵声を浴び、小学生からずっといじめの対象になる。間違いなく、小中高の12年間も生き延びることができない。立派なことをいうときほど、慎重には慎重を重ね、ギャグをかませるか、オチをいれるかしなければならない。そのクラス会が終わった後、自然と集まった関西出身者は、みんな僕と同じように驚いたようで、「これは、文化が違うわ」と、これからの東京生活でのカルチャーショックに不安をつのらせたものである。 先日、東京の人とこんな話をしていたら、面白い指摘を受けた。「その、らくちんさんのいう「ええかっこしい」は、東京では、「野暮」ですな。」東京で、あついは、「野暮だ」と言われると生きていけないということである。今で言う「KY」(空気読めない)などは、この「野暮」とか「ええかっこしい」と似た概念かもしれない。 ここまで書いてきて思い出したのだが、九鬼周造が「「いき」の構造」という本を書いている。その「「いき」の構造」では、「いき」の内包的構造として、異性に対する「媚態」、江戸っ子の「意気地」、運命に対する「諦め」の三つをあげている。さらに、「いき」の外延的構造への論が進んでいく。そこでは、「意気―野暮」の対照が示されている。 閑話休題。この「いきの構造」だけれども、「いき」について、あまりに真面目に哲学的に考察しているので、僕なんかは、最初、なにぞのギャグかと思って読んだほどだ。今でも、偽って別役実の面白エッセイだと言われると信じるかもしれない。 ふむふむ、たった今の、ただの思いつきだが、いずれ、「「あほ」の構造」なる論考を書いてみたいものだと思う。さしあたり思いつくのは、「アホ」の本質的特長は、次のものが挙げられよう。客観的視点、自己の過小評価、その場にいる人へのサービス精神、権力への攻撃性。そして、関西弁内部での他の表現、即ち、「ええかっこしい」、「すかたん」、「えらい」などとの対比がいるだろう。また、東京などの外部で使われる表現、「野暮」、「いき」などとの相違を示さなければならない。 例えば、こんな論の展開は、どうだろう。東京で、「野暮」に対照される概念が「意気」。東京の「野暮」は、関西の「ええかっこしい」にあたる。そして、関西で「ええかっこしい」に対照とされるのが、「アホ」であるとすれば、関西の「アホ」は、東京の「意気」と類似の概念となる。つまり、東京の「意気−野暮」対照と、関西の「あほ−ええかっこしい」対照がここで見事に対峙する。云々。 そして、この論考は、もちろん、「ええかっこしい」と言われないように書かれなければならない。 |
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卒業して30年近く経っても「アホのほうのこ○○し」と呼ばれる某氏は「アホな奴や。ギャグが切れる。頭ええでええ」と思われているのだろうか・・・しかし「賢いほうのこ○○し」がいるってことは・・・ |
同級生 2009/02/20 13:37 |
雑然と思ったこと。 |
エセ東京人 2009/02/21 13:56 |
たいへん面白い考察をありがとうございました。 |
九州人 2009/02/25 12:43 |
同級生さん、エセ東京人さん、九州人さん、コメントありがとうございます。同級生さん、そういうつっこみがあるかと思って、「らくちん」とせず「A夫」としました。エヘン。かっこええやろ!それでもあれだけかしこい方々と比べて「あほのほう」と言われていたのは、誉まれでございます。 |
らくちん 2009/02/26 23:50 |
昭和35年神戸生まれ神戸育ちですが、同じ関西圏でも、京都神戸大阪の北部、南部、それから和歌山、滋賀なんかで、あほの概念、ギャグの使い方は微妙に違うように思います。はっきりいって神戸の人間はええかっこしいです。露悪主義を嫌います。「あほ」なやつもどちらかと言うと敬遠されていたと思います。ただ話はずれますが東京の一極集中同質的な性向と違い、大阪、京都、神戸その他のそれぞれが異質である多様性が、関西なんて言葉に収斂されない多様性がこの地域のいいところなんだと思っていました。今東京在住で24年も暮らしてしまい、既に神戸とか大阪とか語る資格がだんだんなくなってきているのかもしれませんが。 |
ええかっこしいの神戸人 2009/02/27 17:00 |
神戸人さん、コメントありがとうございます。確かに、神戸の人は、大阪風のえげつなさや、はではでファッションは、受け入れられませんねえ。大阪、京都、神戸の違いを語らないと関西を語れないのかもしれません。 |
らくちん 2009/03/03 07:18 |
初めて書き込み致します。 |
ひな 2009/03/28 10:12 |
ひなさん、コメントありがとうございます。つれの方にとっては、痛いところをつかれたのかもしれません。それだけで嫌われたとは、思えませんが。こうなったら、せっかく関西にすんでいるのですから、「恋人」を全種類そろえなはれ。 |
らくちん 2009/03/29 20:51 |
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