2003年台湾で感染のSARS 2/2

(2003年台湾で感染の1/2の次です)
「台湾つれづれ」サイトの「SAR関連(2003年4月―7月+12月24日)」項目のいくつかを以下にコピー引用の二つ目。長文ですみません。

SARS対応(2013年5月19日の2)
・とにかく、医師の認識、対応力を高めるのが最優先です。台湾での感染は、8割が医療機関でおこりました。台湾でも、マスク、手洗い、うがいの励行とか、SARS患者の通ったところの消毒などを必死でやっていますが、この病気、鍵を握るのは、結局、医者です。

・第一に、発熱症状のある患者をみた初期の段階で、SARSの可能性のある患者を一早く見つけ出すのが大切です。台湾でも、町医者が最初にただの風邪と診てしまい、治らないので病院を変えてようやくSARSと認定、そのときには、家族などに感染していたという悲劇が頻発しています。町のお医者さんの意識が高いことが求められます。台湾のSARS患者が旅行した旅館の消毒も大切ですが、それよりも、その地域の町医者の連絡をよくすることの方が、効果が大きいようにみえます。

・第二に、院内感染を防ぐのを徹底する必要があります。残念な事に、台湾では、院内感染及び、医療関係者の家族から感染が広がってしまいました。つらいことですが、SARS患者を収容した医療機関の関係者は、しばらく、特別の宿泊施設に泊まり、家族とも接しないくらいのことをした方がいいと思います。

・第三に、今回、日本を旅行しちゃって大ひんしゅくをかった台湾医師の二の舞をしないことです。つまり、担当外の医療関係者が、SARS患者に「直接接していないが近くを通る」などという状況をつくらないようにすることです。また、SARS患者に接する医療関係者が他の医療関係者と、(むつかしいでしょうが)できるだけ接触をしないようにすることです。

・SARSは、発熱などの症状が出ている人は、四方八方にうつしまくる可能性があり、症状のでていない人は、なかなかうつさず、発症の有無により感染力が格段に違うということです。症状がでた人は、医者に来ます。そこで、その患者を早くみつけ、他に感染しない状態にもちこみ、ちゃんと対応するかどうかが、勝負の別れ目になると思います。

・先程、鍵は医者だと書きましたが、上記のように、医療設備とかのハードではなく、医者の心構えといったようなソフトが重要です。台湾は、医療設備は、先進国並みにしっかりしていたのですが、おさえきれませんでした。ベトナムでは、貧弱な医療設備だが、初期動作がよくて沈静化しました。さて、日本は、医療設備は立派でしょうが、医者の心構えは、どうでしょうか。

マスクうらおもて(1/2) (5月29日)
・最初に手にしたなんの工夫もない平板なマスクが、実は、あまり愉快ではないことに気付いた。そもそもでっぱった鼻がついている立体的な顔を、平面の布で押さえようとするから、どだい無理な話なのだ。鼻の横に、マスクと鼻とほおで囲まれる3角柱の隙間ができ、はいた息が鼻の横から目のほうに直撃する。途端に、眼鏡が曇り始める。スーハ-、スーハーの度毎に、眼鏡のレンズにびろろん、ぴろろんと白く曇った領域が広がる。不愉快である。

・おまけに、口がぴったり塞がれていて、話しにくい。ただでさえ下手くそなのに、これで、英語や中国語を話したりしたら、通じるべくもない。そのわりに、あちこち隙間があって、ウィルスちゃんは、すっかすっかと入ってきそうである。要するに、害あって利の少ない代物なのだ。けしからん。

台湾SARS日誌(6月14日)
・自分の為の記録も兼ね、台湾でのSARSに関する出来事を、時系列で並べてみました。僕の独断で、時期を区分しています。

SARS対応のレヴュー(6月26日)
・過度の恐れよりも、軽い情報公開
・一般人より医者
・医療設備よりも医者の心構え
・マスクより手洗い
・密閉より換気
・体温測定は、頻度よりも確度

・今からの準備
1) 通勤電車の対応
2) 病院内の人の動線分離
繰り返しになりますが、この情報が役に立たなくなることを切に祈ります。
 [引用終わり]

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