太宰治の生死のゆかりを巡る

〇太宰治のお墓に立ち寄ると、中国から旅できた母娘がいた。大学生の娘さんは、太宰治の小説が大好きで、私がご案内すると、お墓にお花を供えて手を合わせていた。太宰治が、暮らし、多くの小説を書き、自殺し、墓もある三鷹に、最近、若い人や海外の人、特に中国の人が多く来ている。「太宰治文学サロン」①でそう聞いた。(参考:太宰ゆかりの場所マップ お墓⑯)

〇太宰治のお墓の向かいに、大作家の森鴎外のお墓がある。とはいえ、今、読者の数もお墓に来る人も太宰治の方が多い。みんな、日本文学の研究のためというよりも、太宰治の小説が、今悩んでいる自分の心に響き、三鷹にやって来る。

〇太宰治などの人気の小説は、純文学ではなく大衆文学だと批判されることがある。しかし、純文学の作品は、意外に、時とともに社会が変わると、読者の心に響かなくなる。森鴎外もノーべル文学賞の川端康成もそうかもしれない。一方で、大衆的と言われた作品が、社会が変わっても、人の心に響き続け、名作として読まれることがある。太宰治がそうだろう。 

〇時代だけでなく、世界の国境を越えても、名作とされることもある。最近、日本の浮世絵と漫画が、ヨーロッパで人気になり、合わせて太宰治も高い評価を得ている。意外にもロシアの人も、ドストエフスキーに通じる太宰治を感じ、ときどき三鷹にやって来るそうだ。芥川賞、直木賞、ノーベル賞の有力候補とされつつ、賞をとれなかった村上春樹もこういう太宰治のような作家といえるかもしれない。

〇毎年6月19日に、太宰治を偲ぶ「桜桃忌」(おうとうき)があり、多くのファンが集まり、三鷹の禅林寺で法要が行われる。水に身を投げた太宰治の死体が玉川上水の、今の「三鷹の森ジブリ美術館」の東南600mのところで、発見されたのが、1948年6月19日だった。

〇私は、最近、JR三鷹駅周辺の太宰ゆかり地を散歩している。(参考:太宰ゆかりの場所マップ
・入水場所 玉鹿石 三鷹駅から400m
三鷹駅から井の頭公園向きに玉川上水の「風の散歩道」を400m歩くと、太宰治と恋人が水に飛び込み自殺したところがあり、玉鹿石が置かれている。(ちなみに、玉川上水の散歩については、このブログで昨年12月に2回ほど書いた。「江戸の上水道を散歩」30日「江戸の世界最高:人口と上下水道」21日)
・太宰治墓 ⑯ 冒頭に書いた、中国の母娘と会ったところ。
・太宰治文学サロン① 
・太宰治旧宅跡⑬ ・井心亭(百日紅)④ ・連雀湯跡(ホンダドリーム)⑤
・JR鉄道超えの陸橋⑥ 太宰治がそこで写真に写っている。
・玉川上水の太宰治の遺体発見場所 HP「東京紅団 太宰治をめぐって 入水編」の三鷹地図にある。私は、現場に行ってみたが、案内板はなかった。 

〇太宰治のお墓から1㎞南に、太宰治のファンが17年前に始めた古本の店、カフェ・フォスフォレッセンスがある。太宰治の本がずらりと並び、昭和11年初版、限定500部のみの貴重な「晩年」本も見ることができる。関西出身の駄場みゆき店主が今年の6月にだした本『太宰婚~古本カフェ・フォスフォレッセンスの開業物語』を、私はこの店で購入して大事に持っている。

〇太宰治の本
公開された太宰治の小説は、270冊もある。
・「人間失格」私は、中学生の頃、しみじみと読み、影響を受けた。
・「斜陽」没落貴族が戦後に見せる滅びの中の美しさを描く。「斜陽族」という言葉が世に流行となった。「斜陽」の話は、日本独特の歴史ではなく、実は、世界のいろんな国に、こういう歴史があるのかもしれない。習近平国家主席も、文化大革命で地方に下放され、洞窟でつらく暮らした。
・「晩年」 ・「走れメロス」 ・「女生徒」 ・「グッド・バイ」

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