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zoom RSS 明石海峡から眺める日本史の景色

<<   作成日時 : 2019/01/21 16:02   >>

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今月、兵庫県の明石駅から1qの天文科学館・柿本神社(人丸神社)に行き、瀬戸内海、明石海峡、淡路島、神戸、大阪などを、日本史の景色として眺めて楽しんだ。(参考:明石天文科学館14F観光ナビゲーション)私は、この天文科学館から約1km内で、産まれ、人丸小学校に通い、19歳まで暮らしていた。今から歴史に振り返ってみる。

・瀬戸内海 世界で7位の旅行先
今年2019年の1月9日に、米国のニューヨーク・タイムズ紙が「2019年に行くべき52か所」旅行先として、日本で唯一「瀬戸内(SETOUCHI)」を7位に選定した。(2019年1月11日日経新聞など報道)明石からは、その瀬戸内を東西に広く見ることができる。

・明石海峡大橋
1998年に世界最長吊り橋の明石海峡大橋が開業した。明石から、ホントでっかく見える。

・明石天文科学館
1960年に、世界で3つ目のプロネタリウムをもつ天文科学館が明石に開館した。
1886年に日本政府が明石を通る東経135度の子午線を日本標準時基準と決定した。

・大阪 江戸時代の最大商業都市
江戸時代に日本最大の商業都市だった大阪を、明石から大阪湾越しに直接見える。

・源平合戦(12世紀)の「一の谷合戦」(神戸市須磨)の近く
源氏は、源平合戦で平家に勝ち抜き、12世紀から14世紀の鎌倉時代、鎌倉幕府で全国統治した。1184年、源義経が平家を急襲して勝った「一の谷合戦」は、神戸市の須磨、明石から10km東の地で行われ、平清盛の弟・平忠則が、明石にまで逃げて来たものの討ち取られた。平忠度が切り抜かれた右腕を祀る「腕塚神社」と、なきがらを祀る「忠度塚」が、明石の天文科学館の数百メートル南にある。小学生の頃、これに関係する「右手塚(うでつか)」の住所町名をつけたチームとソフトボールの試合をしたのは、意義深かかったのだなあ。(参考:明石市源平合戦の史跡2

・「源氏物語」(11世紀)の「明石」
平安時代に紫式部が書いた「源氏物語」の第13帖「明石」は、光源氏が明石で「明石の御方」女性と契りを交す話だ。その明石の街を天文科学館・柿本神社から見ることができる。「明石」が書かれている「源氏物語」は、海外では、世界最古の長編小説ともいわれ、20ヶ国語の翻訳を通じ世界各国で読まれている。

・6〜8世紀の飛鳥時代と奈良時代の中心、奈良の方向を見る
明石から見える、大阪湾と大阪府との向こうにある奈良県明日香村は、飛鳥時代の中心だった。この時代に、国号を「倭」から「日本」に変え、聖徳太子と崇峻32代天皇らが活躍した。その後、8世紀の奈良時代、都城の平城京も、明石から見える大阪の向こうにある。

・「万葉集」にでてくる柿本人麻呂、飛鳥時代の歌人を祀って、柿本神社は、887年に創建された。今、天文科学館の北隣にある。

・イザナギ・イザナミは、最初に淡路島をつくった
7,8世紀に編まれた日本最古の和歌集「古事記」によれば、イザナギ、イザナミの2神が日本列島をつくった。天文科学館・柿本神社から、2神が最初につくった淡路島を、明石海峡の向こうの正面に見る。

・付録:明石焼きと明石ダコ
天文科学館・柿本神社と関係はないが、明石といえば、タコ焼きを出汁で食べる「明石焼き」と、それに使われる「明石ダコ」が、有名だ。おいしい!「明石焼き」も「明石ダコ」も、明石駅の南側にある「魚の棚」の商店街と、その近くで手にはいり、口にいれられる。

今回の後半は、去年の10月25日(ココ)に書いたことと、重複していてすいません。

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