「人工知能は人間を超えるか」松尾豊

人工知能がにわかに脚光をあびるなか、過剰な期待や過剰な不安が起こらないように、分かりやすく且つ正確に現状を伝えてくれます。技術的にも詳しく説明して、50年の人工知能研究の歴史の中での位置付けをしています。この本を読んで、僕は改めて「知能とは、何か」と考えました。

人工知能の研究の歴史は、知能の構成要素を一つずつ加えていく歴史だといえます。
・1956~60代の第一次人口知能ブームは、「推論」(論理)をコンピューターに入れました。その後、それだけではたいしたことができないことが分かって、冬の時代がきます。
・1980年代の第二次ブームで、「知識」をいれて「エクスパートシステム」をつくりました。これも、役に立つだけの知識を入れることができず、また、冬の時代がきます。
・そして今の第三次人工知能ブームでは、コンピューターが「概念」を自分で獲得する機械学習ができました。
・その成果がではじめたころ、2012年にトロント大学が「ディープラーニング(深層学習)」をだして、機械学習の効果を飛躍的に高めました。これが、50年の一度、あるいは、それ以上のイノベーションだったのです。
・このディープラーニングの技術的価値を見抜いた、ホーキンス、イーロン・マスク、ビル・ゲイツなどの人々が、人工知能の危険性を一斉に指摘し始めたのです。

この本が特に素晴らしいのは、その「ディープラーニング」の技術的意味を、詳しく、且つ、分かりやすく説明してくれているところです。僕には、数行に要約する能力はありませんが、小見出しなどからキーワードを挙げておきます。
・「学習」するとは、「分ける」こと
・ディープラーニングが、従来の機械学習と違うのは、1層ずつ階層ごとに学習していく点と、自己符号化器を用いる点。
・自己符号化器で学習することで、「頑健性」を得られて飛躍した。

ここまで説明してから、人工知能が人間を征服したりしないと著者は、いいます。
「人間=知能+生命」であって、いくら知能をつくれても生命を持たない。人工知能が自らの意思を持ったり、人工知能を設計し直したりすることは、今の人工知能研究のレベルからはかけ離れている。人工知能が、人間が持つ本能、即ち、快不快の感情を持たないのが決定的に違うと著者は説明します。

僕もそう思います。人間を征服するどころか、「ディープラーニング」が本当に実社会にどの程度役立つのか、まだまだ分からないからです。グーグルの人口知能がネコの画像を概念化したと画期的ニュースとして流れました。しかし、そのただのぼんやりとしたネコの図を見ていると、実社会で役に立つのはかなり先だろうなと思ってしまいます。

僕が思うのは、人口知能がそのまま工学的に実社会で活用されるインパクトと同じかそれ以上に、人工知能が示す「知能」のモデルが、政治、ビジネスの実務や、社会科学・人文科学に及ぼすインパクトが大きいのではないでしょうか。

この点については、「自分の頭で判断する技術」で書いた情報の扱い方と、この著者の説明がとても似ているので、驚き、そして興味をもっているので、後でまた、書かせてください。

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