シビリアンの経済政策

「シビリアンの戦争」(三浦瑠麗著)では、プロフェッショナルの軍人がいやがるのをシビリアン(文民)が押し切って踏み出した戦争について分析している。副題は「デモクラシーが攻撃的になるとき」であった。経済政策においても、日銀総裁などのプロフェッショナルがいやがる政策を、選挙で支持を受けた政治家が押し切って行おうとしている。もしかすると「デモクラシーが経済を壊すとき」なのかもしれない。

シビリアンコントロール(文民統制)の考えの背後には、次のような考え方がある。軍人は戦争をするのが仕事なので、暴走して戦争を引き起こそうとする。だから、文民が軍を統制しなければならない。確かに、歴史的にこのようなことは起こっている。しかし、一方で、プロフェッショナルの軍は、自分たちの命にかかわることなので、危険な戦争を止めようとする。それにもかかわらず、文民が支持して始まった戦争もある。クリミア戦争、フォークランド紛争、イラク戦争などである。

イタリアでもギリシアでも、民主的選挙で選ばれた政治家が行う経済政策では上手くいかず、経済の専門家に国のリーダーを任せた。デモクラシーによる経済政策が破たんしたともいえる。日本においては、政治家がいやがるプロフェッショナルを押し切って政策転換しようとしている。大丈夫かと心配になる。

いずれにせよ、安全保障や経済といった、専門的知識が必要で、且つ、不確実性が高くてその影響を国民が大きく受けることについて、どの程度、何を専門家に任せ、デモクラシーに任せるべきか、ほぼ永遠に解けないほどの難題なのは間違いない。

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この記事へのコメント

らくちん
2013年02月14日 22:56
mioさん、コメントありがとうございます。19世紀20世紀の理念としてのデモクラシーではなくて、現実としてのデモクラシーを考えさせられる21世紀ですねえ。
mio
2013年02月07日 23:47
専門性とデモクラシーの両立は、ほんとうに難しい問題だと思います。文民統制という言葉の重みを、もっと考えたいものです。よい本でした。

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