自分発の電子メール
我が身を反省したのだが、自分が出している電子メールのうち、「返信」と「転送」の比率が異常に多いのではないだろうか。恐ろしいことである。
ふと自分を省みるに、人から聞いた話や電子メールに反応してメールを出しているだけで、自分から思い立って出しているメールの数の比率が減っているように思う。「返信」と「転送」でないものでも、締切に間に合うように書類を提出しているだけというのもある。また、人から話があったり、メールをもらったりして、ああ、それでは、こことここに連絡しなければとか、と出しているメールも多い。
公私いずれにおいても、自分で考え、思い立って出しているmailの数がとても少ないのに気づいてしまった。これでは、みみずやぞうりむし的人生では、ないだろうか。
いや、まてよ、みみずやぞうりむし的人生もまたよいのかもしれないなあ。
ふと自分を省みるに、人から聞いた話や電子メールに反応してメールを出しているだけで、自分から思い立って出しているメールの数の比率が減っているように思う。「返信」と「転送」でないものでも、締切に間に合うように書類を提出しているだけというのもある。また、人から話があったり、メールをもらったりして、ああ、それでは、こことここに連絡しなければとか、と出しているメールも多い。
公私いずれにおいても、自分で考え、思い立って出しているmailの数がとても少ないのに気づいてしまった。これでは、みみずやぞうりむし的人生では、ないだろうか。
いや、まてよ、みみずやぞうりむし的人生もまたよいのかもしれないなあ。
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