さきごろ不人気の言葉

さきごろ不人気の言葉。政治主導、選択と集中、CO2削減。

「政治主導」という言葉によって、どれだけ、震災対応が遅れたことだろう。今回の震災対応によって、自衛隊、米軍と並んで、官僚も、見直された。中央官僚は、時には、官邸殿の目を盗んで省庁間の横の連絡を取りながら頑張っていた。地方自治体は、首長も職員も立派だった。ただただ官邸と国会議員が足を引っ張っていたようにみえる。

特に知事や町長が、出てくると、実にしゃんとしているのには、驚く。やはり、ラインの長として、何年も責任を負って判断し行動してきた蓄積が、こういうときに役に立っているのだろう。

それに比べると、国会議員は、どうも間の抜けた顔に見えるのは、僕だけだろうか。所詮、勉強会をして行政に文句と陳情をしているだけでは、実践の鍛え方が足らないのではなかろうか。テレビでみるとどの議員も「ぎいんちゃん」と呼びたくなってしまう。細川総理が、数少ない例だが、日本も、アメリカのように、知事から首相になっていく道を作るべきではないだろうか。

ビジネスの世界では、「選択と集中」という言葉が色あせてみえる。部品供給会社を一社に集中し、自社の生産拠点を集中し、動力源を集中してみたら、こんなことになった。ある程度の冗長性も必要であった。加えて、SCM(供給連鎖)、JIT(ジャスト・イン・タイム)などの言葉も、輝きを失っている。

生活においては、「CO2削減」に、前ほどの金科玉条感は、なくなったのではなかろうか。そんなことを言っておられる余裕は、なくなってきた。風力や太陽熱なんかで、代替できる規模ではない。少なくともCO2削減が、侵すべからざる聖なる言葉ではなくなったと見るべきだろう。

もひとつ、いまや、口にだすのがはばかられるようになった言葉がある。
・・・絶対に安全。

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この記事へのコメント

らくちん
2011年04月24日 17:45
熊五郎さん、Forsterstrasseさん、コメントありがとうございます。我々一般人にとっても、安全とか安心とかという言葉の語感が変わったように思います。CO2は、確かに、世間様よりも僕は、意識が低いかも知れません。真剣に反論するほどでもないが、なんとなく腹落ちしていないといった感じです。いずれにしても、良いか悪いかはともかく、社会として、CO2削減に対する意識は、後退するように感じます。その意味では、意識の高い方は、前以上に強く主張されることになると思います。
Forsterstrasse
2011年04月19日 22:39
古ぅい読者です。迷いましたが書きます。長年にわたって楽しく読ませて頂いていますが、遠い昔、大学時代、気象学を専攻した当方は貴ブログおよび貴ブログのサークルからにじみ出る、CO2削減の下りに感じられる高揚感に違和感があります。
らくちん様ほどの知性と語学力があれば、温暖化に対して懐疑論を唱える人に有名大学教授は数々いるが、気候学の専門家は事実上皆無であることに気付くべき。
気候学を、それを支える物理法則と否定し難い観測データを少し知る人間として、私はかなり前に覚悟しました。いつの日か子供から「あなたはその時、何をしていたのか」と詰問される日が来る。物理法則は人間の都合など考えない。
熊五郎
2011年04月19日 04:32
「絶対安全」とは、絶対誰も責任を取らないということですね。

少なくとも理科系は以前から「絶対安全」などとは言いません。私の専門の船で言えば、経営者は建て前として「船は沈みます」とは言えませんが、管理部門と現場は「船は沈む」ものを前提として対応しています。もちろん沈むような船などあっては困るのですが、それでも船舶安全工学にもとづく対応はむろん、冷血かもしれませんが、船体は幾ら、積荷は幾ら、人命は幾ら、海上汚染を含む全ての処理に幾らと最悪の時の計算までしています。しかし、それらも絶対に沈まないと宣伝していたタイタニック号が沈没して、その犠牲を教訓にして国際上の法的基準が出来ました。リスクに目を瞑って来た能天気が、不幸な災害によって目が覚めて、すべきことに気づくことは少なくないと思います。

絶対安全と誰も言わなくなったからといって怯える必要もありません。日本には必要な安全対策が出来る頭脳・人材・財力があります。安全対策を議論することさえ否定する一部市民団体とそれを支持するマスコミが再び力を持った時に私は不安を感じ怯えます。亡くなった方や被災者の方々の犠牲を無駄にしないことが残された我々の役目だと私は思っています。長いコメントで失礼します。

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