迷惑

3月1日のニュースで、「トヨタ社長「中国の皆様に迷惑」 リコール問題、北京で会見」との見出しが躍った。昔、日中間で仕事をしていた人なら、少しドキッとしたのではないだろうか。1972年、日中国交回復時に田中首相が「わが国が中国国民に多大なご迷惑をおかけした」と演説したのが、周恩来はじめ中国側の激怒をかい、交渉が止まってしまった。かつて日中関係で仕事をしていた者では、知らない人がいない有名な事件を、トヨタ社長の発言は、思い起こさせる。

田中首相は、「わが国が中国国民に多大なご迷惑をおかけしたことについて、私は改めて深い反省の念を表明するのであります・・」と演説した。それまでは、歓迎ムード一色だった中国側が、この「迷惑」という言葉を聞くなり、顔色が変わり、拍手がなく、凍り付いた雰囲気となった。翌日から、周恩来首相が、この発言に強く反発して、交渉が止まってしまった。

この中国語での「迷惑」の語感については、このブログでも取り上げた、「日本語と中国語」(劉徳有著、ココ参照)の説明が、一番分かりやすい。

「ご迷惑」を中国語に訳せば、「添了麻煩」とでもなるだろうか。しかし、「添了麻煩」は、たとえば、路上で水撒きをしていたら、通りがかりの女性のスカートにかかってしまったときなど、ごく日常的な事柄で相手を煩わしたとき、申し訳ない気持ちを表す程度の言葉なのだ。せいぜいが、「いや、すみませんね」といったほどの意味なのであり、深謝を意味する「誠に申し訳ありませんでした」とは言葉の重さがまったく違うのである。

ちなみに、このときの問題は、外務省の通訳ミスではなく、大平外務大臣、田中首相と事前に何度も確認したと、当時の中国課課長は、発言している。とはいえ、外務大臣、首相が、その語感も含めて十分理解して、判断していたかどうか、疑問が残る。

僕のように中国語ができずに、通訳を介してビジネスをする人間は、上記の事件をみて、「迷惑」という言葉をタブーとして使わないようにしている。言葉遣いや、通訳の違いで、交渉に意図せざるマイナスを避けるためだ。

そうした史実を知った上で、トヨタ自動車の豊田章男社長が、中国での記者会見で、「中国の皆様にご心配と大変なご迷惑をおかけしていることに対し、心からおわびします」と陳謝したというニュースを聞くと、ちょっとドキッとする。

蛇足すれば、新聞各紙が、「中国の皆様に迷惑」と見出しを書き、しかし、一言も田中首相の「迷惑」発言について書かないのは、興味深い。ベテランの中国関係の記者なら、この田中首相の「迷惑」発言事件は、みんな知っているはずだ。それで、見出しを「トヨタ社長、中国人ユーザーに陳謝」とせず、将来何か問題になる可能性があるので、「迷惑」という言葉を入れたのかもしれない。ただ、日中国交正常化のなかでの嫌な思い出を、ここでわざわざ引っ張り出して説明するのは、新聞社が一番気を使っている、中国様とトヨタ様の手前、できなかったということではないだろうか。いや、これは、少しうがちすぎか。

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