「アメリカの終わり」フランシス・フクヤマ

著者は、主著「歴史の終わり」で、近代化を成し遂げた社会では、自由民主主義が普遍的な魅力と正統性を持つとした。これがネオコンの主張と通じており、また、人脈的関係が深いこともあり、著者をいわばネオコンの思想的支柱と見る人もいた。そのフランシス・フクヤマのネオコンに対する批判的解説である。

なんと言っても秀逸なのは、ネオコンの来歴の整理である。社会主義的発想から反共、民主党から共和党、国内志向から海外への影響力行使へと、思想的系譜をたどると、ネオコンは、大きくスイングしている。その変転を、本質をつかんで解説している。

その変転のなかでもネオコンが変わらずに持ち続けた四原則をフクヤマが抽出している。
① 民主主義・人権、さらに広く各国の国内政策、レジームを重視する姿勢
② アメリカの力を道徳的目標に使うことができるという信念
③ 安全保障や正義の実現における国際法・国際機関(国連など)の正統性や効果への懐疑
④ 「社会の改造を大胆に進めようとすると悪い結果をもたらす」という信念

アメリカをイラク戦争に導いてしまったネオコンは、上記の④の「大胆な社会改造計画に対する不信」を全く持っていない点で、これまでのネオコン、そして、フランシス・フクヤマとも大きく立場が違っている。ブッシュ政権とそれに近いネオコン人脈は、イラクのフセイン体制をつぶしさえすれば、民衆は、アメリカ軍を歓喜して迎え、大胆な社会改造が成功し、民主主義社会が構築できると素朴に考えていたふしがある。

この本の全体の印象としては、生々しい現在の政治の具体的エピソードの数々やら、政治思想史上の抽象的概念やらが次々と万華鏡のように繰り広げられる。そうそう「歴史の終わり」もこんな万華鏡スタイルだったなあ、と懐かしくなる。そうして思い起こせば「歴史の終わり」は、冷戦に勝利したことへのアメリカの知識人の高揚感を写していた。そして、この「アメリカの終わり」には、アメリカ社会全体として、イラク戦争への深い悔悟を感じられる。

よかれあしかれ、フクヤマの著書は、アメリカの知識人の温度を正確に伝えているのだろう。とすれば、今後は、アメリカ社会全体が大きく内向きにスイングするのかもしれない。と、これもまた厄介ですぞよ。

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  • 正統性と実効性

    Excerpt: 民主主義と自由経済というのは、実は、最も正統性の証明しにくい制度ではないかと思い始めている。結局、実効性のみで、しかも長期の実効性のみで、正統性を証明せざるを得ない制度ではないだろうか。 Weblog: らくちんのつれづれ暮らし racked: 2007-03-10 10:22