産業と民主主義

中国、香港、シンガポール、台湾といった中華系社会で民主主義を実現しているのは、台湾だけ。製造業がちゃんと成立しているのも台湾だけ。民主主義と製造業は、関係があるのだろうか。と、5年以上前に、かんべいさんと語ったことがある。

「商人」という言葉が、古代中国の「商」王朝からとったというだけあって中華系の人々の商業の才は、目を見張るものがある。東南アジアの国々でも実質上経済を牛耳っているが中華系であるのをみても、香港、シンガポールの繁栄をみても、中華系の人々の商才は、だれもが認めるだろう。ところが、香港もシンガポールも、製造業は、それほど強くないし民主主義が成立しているとはいいがたい。

製造業と民主主義が台湾で成立して、香港、シンガポールで成立しないのはなぜかと、台湾駐在の頃につれづれ考えたものだ。その考えの道筋は、これまでも時々書いてきたので省略するとして、結論に急ぎたい。現代の製造業というのは、T型フォードの時代と違って、品種数も多く製造工程も複雑なので、作業者により作業の内容が異なっている。その中で、組織として一番下層の作業者が自分しか知らないことについて、自発的に改善の提案をしなければ、製造工程の効率をあげて競争に勝つことができない。トヨタの「カイゼン」が典型例だ。つまり、現代の製造業の作業者は、自発的な提案を行う意思と能力を持ちながら、尚、組織の最下層に留まって組織への忠誠心を保ち続けなければならない。

これは、すなわち、民主主義社会での有権者に課された義務と同じだといえよう。民主主義社会の有権者は、投票所にいくことによって自分の暮らしがどれだけよくなるか不明確なのを知りつつも、政治について関心を持ち、知識を得、時に重大な決断をしなければならない。そして、結果として、自分に不利益なことが起こったとしても、暴動を起こしてはいけないし、政治から関心を失ってはいけない。そういう、なんとも忍耐強い、いわば、お人よしの有権者がいない限り、民主主義というのは、成り立たないものだ。これは、頭がよくて利にさとい中華系に人々には、耐え難いものかもしれない。

こうしてみると、製造業かどうかという分類は、必ずしも正確ではないのではないかと気づかされる。確かに、昔のプランテーション型の農業では、大勢の作業者が同じ作業をして単一品種を生産していたので、作業者の自主性は、それほど必要とされなかった。しかし、自作農では、作業内容が異なっている。多品種の商品作物を生産する小規模自作農を見て驚いたことがあるのだが、農業というのは、とても科学的で実証的な生産工程である。とても知的な生産労働なのだ。肥料や水のやりかた、温度の調整方法などの条件を様々に設定して、その結果をみて、天候などとの相関を考えながら、最適な条件を探し出していく。少しずつ条件を変えて生産し、結果を見て最適値を探していく作業は、最新の日本の半導体工場でやっていることと全く同じである。つまり、自作農では、自主性がありながらも、自分の思い通りにならないことに寛容でなければならない。これは、民主主義社会の市民に必要とされる資質と同じだろう。

逆に、製造業とはいっても、あてはまりにくいこともある。中国にある一部の外資系の工場にあるように、親会社のモデル工場と全く同じ条件と工程で生産するようなところでは、作業者の改善提案の入り込む余地が少なく、自主性も生れにくいだろう。意外かも知れないが、アナログ製品の製造よりも、電子基板などのIT機器の製造において、こうした規格化された製造工程がよくみられる。

このようにみたところ、民主主義社会の基盤には、自主性がありながらも、組織や社会から受ける不利益にある程度寛容な多数の市民が必要だと仮説をたてたくなる。大正からの日本の民主主義の発展過程をみても、台湾での民主主義の発展をみても、製造業や自作農の発展が民主主義の成立基盤になっているようだ。逆に、色々な発展途上国にアメリカや国連が進めた民主化の結末をみると、そのような基盤がないところに、民主主義を移植しても、なかなか定着しないのではないかとも思う。

さて、中国は、どうであろうかと思うとなかなかむつかしい。ただ、どんな社会状況でも選挙と大統領制が正しいとはいいきれないことを、我々は、認めなければならないのではないだろうか。欧米の人間と違ってアジアの人々は、直感的に知っているように思う。今すぐ、中国に欧米や日本のような民主主義を実現させようとするのは、国際社会にとってかえって危険だと。

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  • らくちんのつれづれ暮らし

    Excerpt: 経済の勉強に愛読させていただいているらくちんさんのブログ。今回の「産業と民主主義」は実感として頷けるものがありました。また民主主義とのアナロジーについても、これまでモヤモヤと感じていた疑問がスッキリと.. Weblog: 整体日和。 racked: 2006-04-23 13:59