きっこ体で書いてみて

きっこの日記の文体を真似して書いてみて(2月9日分、ココ)、気付いたことをあげてみたい。

○ 短時間に長文がかける
書いていて自分でも驚くくらい、短時間で長文が書ける。僕の場合、他の記事に比べて、倍くらいのスピードで書けた。自分の頭に浮かんできたことをほとんど自動的にタイプしていく感じでやるので、楽といえば楽である。きっこの日記の読者の間では、書いている量があまりに多いので、ヘアーメイクの仕事を持っているなんてありえないとか、複数の人で書いているという説もでているそうだ。でも、きっこ自身が言うように、タイプを打つのがとても速い人なら、一人で余暇の時間に書くことも不可能ではないと思った。

○ 思いのほか読める
自分の「きっこ体」の文を読み返せば、-もちろん、本家には及ばないが- 思いのほか読める。確かに、話は、あっちこっち飛ぶし、途中でいきなりギャグが入るので、読みにくいはずなのだが、同じ僕が書いた他の記事と比べて、じゃあ、どっちが読んでいて面白いかというと、情けないかな自分でも判じがたい。ある意味で少しショッキングだったので、しばらく理由を考えてみた。

きっこ体の長所は、視点がぶれていないことだと思う。よく文章を書く作法として、視点をぶらすなと言われる。主人公(太郎)の視点で書くなら、「太郎は、進んだ。花子も進んでくれると信じた。」だし、神(第三者)の視点で書くなら、「太郎は、進んだ。花子も進もうと思った。」になる。どちらでもいいのだが、一つの作品のなかでは、視点が一貫していないと読みにくい。(とはいえ、プロの作家となると、読者にそれと気付かせずに、意図的に視点をブラして書いたりする。)

きっこの日記は、一貫して「あたし」の頭のなかからの視点で、そこから見えるもの、そこに浮かんでくるものを書いており、実にぶれていない。時系列も、「あたし」の頭の中に浮かんでくる順番で書かれていて、一貫している。僕が真似て書いたものに比べても本物は、もっと、視点が一定している。視点が一定していると、あれだけ話題があちこち飛んでも、論理が飛躍しても、するすると読める。これは、勉強になった。

○ ブログジャーナリズム
心に思い浮かんだことをそのまま速いスピードで書くので、切れ味がいい反面、普段の生活なら失言、暴言に近いことも書いてしまう。僕の文では、「小嶋社長」のところは、別の人を書いてアップまでしたが、さすがに現役の政治家はまずいかと思って、慌てて書き直した。

最近ますます内容が過激になっていて、きっこの日記の記事で、株価が上下する銘柄まででてきた。こうなると、本人に悪意がなくとも、これを利用しようとする人もでかねない。例えば、今話題の会社の当事者を装って、きっこにまことしやかなmailを出して、掲載してもらうようにする。掲載許諾を問うmailがきっこから来たあたりで、その会社の株を空売りしておく。きっこの日記に掲載されてその会社の株が下がれば、そこで買い戻すというようなことが起こりかねない。きっこ自身を非難するよりも、読者の方が、それなりに冷静に読むことが必要だと思う。

きっこの日記は、ブログジャーナリズムというものの先駆けのようなもので、その長所短所がそのままストレートにでていると思う。僕自身は、きっこの日記自体を非難する気にはなれない。ネットというのは、完全な検証前の一次情報を集められるというのがいいところで、アメリカでも、事故の写真などがマスメディアよりもブログの方に、いち早く報道される例が出ている。フリーウェアのソフトと同じで、もし間違っていれば、みんながそれを修正するぐらいの気でいたほうがいい。繰り返すが、読者側が、そういう気持ちで読むことが大切なのだと思う。

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