「幸せそう」を狙う

以前にも書きましたが(ココ)、日本の中吊り広告というのは、本当に面白いですね。先週目についたのは、「”幸せオーラスタイル”で輝く」(Precious一月号)、「幸せそうに見えるファッション」(VERY一月号)と、偶然、出版社も違う二誌が似たようなことを言っていることです。

もう少し詳しく挙げてみましょう。Preciousの広告では、「幸せオーラスタイルで輝く」と大きく出し、小さい見出しで、「幸せオーラのある服と着こなし6大法則を解明」、「シンプルを"幸せオーラスタイル”に変える、早わかりチャート」、「”幸せオーラメーク”12の手ほどき」と続きます。

VERYの場合は、「幸せそうに見えるファッション」に続く小見出しで、
Part1. 検証!人目から見た「幸せそうな」なスタイルとは?
Part2. 噂の「幸せそう」読者の”リアル”一ヶ月コーディネート
Part3. いい奥様だけでは、「幸せそう」には見えません。
と書いています。

いやはや、こんなに「幸せそう」にみえるために、粉骨砕身の努力をするくらいなら、いっそ幸せになってしまったほうが簡単なのではないかしらん。と思ってしまいます。しかし、これは、まあ、男の論理というものでしょう。

本文を読まずに想像をたくましくして言えば、ここで二つの女性誌が表明しているのは、「たとえ幸せであったとしても、他人から幸せに見えなければ、本当の幸せじゃない」ということであり、「たとえ不幸であったとしても、他人から幸せに見えれば、美しく、幸せになれる」ということのようです。

VERY のPart3の見出しは、その思想を端的に語っていて、「幸せそう」に見えなえれば、「いい奥様」にも価値がないといわんばかりです。男の論理で言えば、「幸せそう」に見えるかどうかなんて知ったことではなく、「いい奥様」で本人が「幸せ」と感じているなら、それでいいではないか。となります。もし、どこかの女性に「いい奥様だけでは、幸せそう」には、見えません」と偉そうに説教されれば、「それがどうした(So What?)」といいたくなるのが、普通の男でありましょう。

とはいえ、思い直してみると、一見たいそうなことのようだけれども、コーディネートとメークを雑誌に書いてあるとおりにやれば、「幸せそう」に見えるというのなら、なんとも簡単な「幸せ」ゲット法ともいえましょう。いいかえれば、どうせ「幸せ」なんて手に入らないのだから、せめて「幸せそう」くらい、メークとコーディネートで手にいれたいというけなげな望みなのかもしれません。もしそうなら、そういう人に同情こそすれ、批判するには、あたらないでしょう。

さて、電車の中で、そんなことをつらつら思っている中年男というのは、人からは、幸せにみえているのでしょうか。

のみならず、あなたも、また。

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この記事へのコメント

らくちん
2005年12月14日 00:41
いえいえズレていません。しかし、会社に行って、椅子の形状にこだわる男どもを見ていると、こちらは、「偉そう」を狙って粉骨砕身、目くそ鼻くそであるわいと気付きました。
nabe
2005年12月13日 12:39
いや、うちの嫁さんは「よそはよそ、うちはうち、人からどう見られるか別に気にならない」という人で助かるなあ。
と思ってたんですよこの間まで。
先日車検があったんですが、長年乗ってる車をホントに気に入ってるし、新車で欲しいのもないし継続しようと思ったら「うちは新車に乗れないの!○○さんも△×さんも・・」
であまり気に入らない新型に。
なんか話しズレてます?

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