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この数十年、産業構造自体が、ますます経済格差の生まれやすい方向に進んでいる。高度成長期において、製造業は、ある程度の技能の人をある程度の待遇でたくさん雇って中流階級をつくってきた。しかし、今、製造業は、パワーが衰え、中流階級の基盤となったかつての力を持っていない。一方で、現代において益々重要になっている、金融、ソフトウェアなどの産業は、高給を受け取る少数の優秀な人がいれば発展する産業である。 僕は、それぞれの産業が元来必要とする労働力・人材の構成がかなり違うと思っている。金融やソフトウェアの開発などは、少数の優秀な人だけでやれる産業。逆に多くの人間が関与するほど、生産効率が落ち、グローバルな競争に勝てなくなる。一方で、日本の昔の稲作や高度成長期の製造業などは、多くの人間がそこそこの技能と意欲をもって参加しなければならない産業だ。 自信はないが、かつて欧米が植民地などで行っていたプランテーションは、優秀な少数の人と、技能・意欲があまりない多くの人でおこなえる産業だったのだろう。というか、そういう人材構成でできる作物を選んで、綿花・タバコ・ゴム・コーヒー・紅茶などを生産していたのだろう。 日本の高度成長期は、鉄鋼、機械、自動車、電気機器などの中心的産業で、ある程度の意欲と技能を持った人をある程度の給与で、大量に雇うことで成り立っていた。それが、中流階級を生みだしてきた。しかし、今、日本の製造業は、グローバルな競争に負けるか、海外に進出するかしかなくなっている。あるいは、日本に残るなら、技能の伝承が少なくても、非正規雇用でできるだけ安いコストの工員を大量に雇わなければ、グローバルな競争の中で生き残れない。こうして、中流階級を生み出す母体としての製造業は、役割を急低下させている。 製造業に代わってこの役割を果たすものは、なんだろうか。今後、サブプライム騒動のようなバブル崩壊を何度起こそうとも、先進国で高齢化が進む限り、「世代間金融」を行うための金融は、益々発展するだろう。米国の年金ファンドは、今も国際金融の主要なプレイヤーだし、中東のオイルマネーも、次世代の為の運用に他ならない。また、今後は、高齢化が加速する中国が、貯め込んだ外貨の運用に乗り出すことになる。老後の資金の運用という急増するニーズに応えるため、金融は、益々重要になっていく。 もともと金融というのは、運用などは特にそうだが、少数の優秀な人で行ってきたものである。それでも、高度成長期には、株のブローカーや、支店で預金を集める銀行マン、生保レディなど、調達面である程度の技能をもった大量の人員を使ってきた。しかし、今は、株の取引、預金など、その殆どが、ネットでできてしまう。いまや、この産業は、天文学的な高給をとるごく少数の優秀な人と、その人をサポートし事務をこなす人だけで発展していく。逆に多くの人数をかけると、グローバルな競争に勝てなくて発展できない。つまり、金融業というのは、雇用面において、中流を減少させ格差を拡大する傾向がある。 では、経済のサービス化の進展によりますます重要性をもつサービス業は、どうだろうか。サービス業は、容易に想像をつくように、少数のカリスマ的トッププレイヤーと、フランチャイズの重要なポジションに立つ人が、高給を取る一方で、その他の大量の人は、所得が低いことが多い。高名なフランス料理のシェフは、高給取りだが、ハンバーガーショップの店員の時給は、千円以下で低い。ここでも、格差を拡大する傾向が強い。 こうしてみると、経済格差が広がっているようにみえるのは、教育制度や派遣制度の問題でもなく、ましてや小泉改革や若者の意欲不足のせいではなくて、産業構造が格差を生みやすい方向に、不可避的に不可逆的に変化しているからだ。そこの問題の本質を見誤ると、大変な間違いを犯すのではないだろうか。 |
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