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ジーコの日本代表選考前(ココ)に、巻の選出と当時の選出有力候補の落選について書いたところ、そのとおりになって驚いている。後講釈めくが、ジーコ監督が久保を落とすのは、いくらか予兆があったと思う。 思い起こせば、今年はじめから、ジーコは、久保のケガの回復を必死で見極めようとしていた。Jリーグの試合でも先発フル出場がままならない病み上がりの久保を、海外チームとの代表戦の先発で使い続けた。マリノスの岡田監督も、ジーコ監督が観戦する前では、どうみてもまだまだの状態の久保を出場させた上で途中交代させており、「自分の目で見てください。私は、無理だと思います。いい選手なのだが。」といった使い方だった。ジーコ監督も、あれだけ使って見極めたのだから、久保本人も文句をいえまい。ジーコ監督というのは、つくづく選手とファンの気持ちをくんでまじめに動く人だと思う。 ついでにいえば、ジーコは、監督経験がないから選手が連動して動くキメゴトを作ることができないという批判がよくある。これについて、先日、アントラーズの本田選手が反論していて面白かった。現役としてアントラーズでプレーしていたジーコは、やたら色んなキメゴトをつくるので他の日本人選手が覚えきれずに閉口したという。本田選手の推測では、選手ジーコは、自分が年をとって運動量が減った分、周りとのキメゴトで挽回しようとしていたようだ。しばらくして、キメゴトのために周囲の選手がスムーズに動かないのに気付き、どんどんキメゴトを減らしていったということだ。今のジーコ監督も、キメゴトを作るぐらいのことは、やろうと思えばいくらでもできるのだけれども、あえてしていないのだと思う。 それと日本代表の決定力不足が言われている。確かにこれは、大変な問題だが、この4年間の代表のチーム作りの流れの中で見れば、納得できなくもない。一番後ろの守備から整備してきて、順々に前方の問題を解決していって、最後に一番前のゴール前の問題が残ったというのが現状だと思う。 ジーコ体制の初期にまず守備が崩壊した。それを立て直すのに、守備専任コーチや伊原コーチを代表にあてがおうとしたほどだった。それも、メンバーを入れ替え、議論と経験を積み重ねて水準のレベルには達した。守備が安定した後は、その一列前の守備的ミッドフィールダーの福西と、サイドアタッカーの加地が定着し、攻守のバランスがとれるようになった。そのころの批判は、守備は、そこそこできても、攻撃の手段がなくて決定機をつくれないというものだった。 最近になって、中田、中村、小笠原、小野などの才能のある中盤の選手が、連携できるようになり、決定機を作ることができるようになった。そこで、でてきた批判は、ゴール前までボールを運んでチャンスは作れるのに、決定力がないということだった。 こうして時系列で批判をみていくと、ちゃんと後方の守備から前方の攻撃に向かって順々に秩序だって整備しているのがはっきりする。一番最後に、最も前方でのシュートが、ワールドカップ前に課題として残ったということだろう。よく「あとは決定力が課題」という状態にまできたものだと変に感心してしまう。 ところで、メディアが巻と久保を追い掛け回すのもいいが、ヴィッセル神戸の三浦淳宏への感謝を忘れて欲しくない。予選中、控えながらくさらずチームを支え続け、日本が苦境になってチームが崩壊しそうなときにミーティングで伝説のスピーチを行い、選手全員をまとめ、奮い立たせた。巻も中田も中村も、三浦がいなければ、ドイツに行けなかったかもしれないことを忘れないで欲しいものだ。 |
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